個人投資家は「米国の債務問題」に怯えながら資産運用をするほかない

米国の財政赤字と政府債務は、まさに金融市場の大きな不確実性を象徴する問題である。米国は世界最大の経済大国であり、その政府が発行する米国債は、世界中で最も安全な投資先として認識されている。多くの国の中央銀行や金融機関、そして個人投資家が資金を米国債に預ける理由の一つには、「米国が破綻することはまずありえない」という信頼がある。しかし、その安全神話にも少しずつ疑念が生まれつつある。

その主な原因は、米国政府の慢性的な財政赤字と、それに伴う急激な債務の膨張である。米国は長年にわたり、税収以上の支出を続けてきた。その結果、財政赤字が恒常化し、政府の債務は年々積み上がっている。特に近年は、新型コロナウイルス対策や景気対策などで、政府支出が急激に増加し、債務残高は天文学的な数字にまで膨れ上がっている。

★米国のGDPに対する政府債務残高の比率は120%を超えている。

この債務が増えるという状況がなぜ問題になるのか。それは政府が借り入れたお金をいつかは返済しなければならないからだ。その返済のためには、将来的に増税を行ったり、政府支出を大幅に削減したりする必要が出てくる。ところが、こうした対策は政治的に非常に難しく、簡単に実行できるものではない。増税は景気を冷やす可能性があるし、支出の削減は福祉や公共サービスの低下を招くため、政治的に人気がない。

さらに問題を深刻にするのは、米国債の買い手が減少するリスクだ。債務が増え続ければ、債券を発行しても信用が低下し、投資家が要求する金利(利回り)が上がる可能性がある。これは、米国政府が借金をするためにより高いコストを払わなければならなくなることを意味する。金利が上昇すると、政府の返済負担はさらに増加し、財政赤字が一層深刻化するという悪循環に陥る危険性がある。

★30年債利回りは、数十年にわたる下落トレンドから一転、コロナ渦を機に膨れ上がった債務残高を意識してか上昇トレンドに転じている。

しかし、この財政問題が具体的にいつ表面化し、市場に本格的な影響を与えるのかを予測するのは非常に難しい。経済の状況や投資家の心理、政治的な動向など、様々な要素が複雑に絡み合っており、専門家でさえ正確なタイミングを予測することはできない。ましてや個人投資家がそれを予測することなど到底不可能だろう。

個人投資家がこのリスクを軽減しようとしても、実際にできることは非常に限られている。個人投資家にとって、リスクを抑えるための王道は「分散投資」である。株式、債券、不動産、金、外貨など、異なる資産に広く分散することで、特定の資産の価格変動が全体に与える影響を抑えるのがセオリーだ。

しかし問題は、米国債が「安全資産」と見なされていることである。安全資産である米国債の信用が崩れるという事態は、「金融の屋台骨そのものが揺らぐ」ことを意味する。言い換えれば、すべてのリスク資産に連鎖的な影響を及ぼす可能性がある。特に機関投資家の間では、米国債を担保として利用しているケースも多く、仮に米国債価格が急落すれば、信用収縮が連鎖的に広がる可能性すらある。

したがって、「分散しているから大丈夫」と安心できる状況ではない。むしろ、すべての資産に共通して波及する「構造的リスク」があるという自覚が必要である。

このような状況において、個人投資家にできることは極めて限られている。すなわち、「分かっていても逃げられない」という状況である。たとえば、現金を保有しても、インフレが進めばその購買力は目減りする。金(ゴールド)は無利子であり、株式や債券のようなインカムは生まない。仮想通貨には大きなボラティリティがあり、法的リスクも無視できない。

個人投資家は、常に「米国債務ショック」というリスクを抱えた状態で運用を続けざるを得ない。これはまさに、「怯えながら投資をするしかない」という状況である。目の前の数字が安定していても、その裏には巨大な火薬庫が存在する。ただし、それがいつ爆発するのかは誰にも分からないし、爆発を完全に回避する方法も現時点では存在しない。

皮肉なことに、こうしたリスクを理解している投資家ほど、「投資から完全に退場することはできない」と感じている。なぜなら、現代の貨幣システムそのものが「資産運用を前提」として設計されているからである。年金制度は株や債券の利回りに依存しており、個人の将来設計も「投資による資産増加」を当然視している。インフレ環境では、貯金だけで老後資金を確保することは骨が折れる。つまり、逃げ場がないのだ。

結局のところ、個人投資家がとれる現実的な選択肢は、「このリスクを理解したうえで、怯えながらでも投資を続けること」である。それは不安定で、時には報われないかもしれない。しかし、逃げても未来は守れないという現実がある。だからこそ、必要なのは「市場のリスク構造」を正しく理解し、リスクと向き合いながら慎重にポジションを取る冷静さと胆力である。

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